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時間のコラージュ / 記憶のコラージュ

電車で窓の外をボケーっと眺めながら考えてたこと.

最近の芸術では空想の産物に質量を与えることが評価されているとかなんとか.,, 立体造ったりするのが最先端と言われているらしい. 個人的には形になったものより, 不確定に共有されている意識の方に興味がいく. イデア的な確固とした形は存在していないのに特定された共有みたいなヤツ. 幾何学なんてまさにそうなんやろうけど. 数式と人の間にある確固たる意識ってヤツ? ほんでその確固たる意識ってのが前提にあって立体造ったりするアプローチが評価されているらしいんだけど, あんまりソコには興味ない. それ以前の, 共有できる確固たる意識の存在の方が面白そう.

芸術作品? 絵画とか音楽とか映像とかで大衆が感じるイメージってのは文化, 時代間で共有されていない. それは前提となるルールがないからで, 数式とは全く異なる世界の話. 前提のルールがないのは芸術の個性だと思う(現在の政治的意図とは離れ, 科学よりになった芸術において). そんで, ルールが無いからこと多種多様な捉え方がある訳で, それを形にしちゃうとなんかつまんない. ってのが個人的な感覚.

そんで作品と観客の間の意識ってのを特定しないアプローチってのがコラージュ? 視覚は人間にとってかなり重みのある情報であって, 重みを逆手にとったアプローチで面白いと思う. 映像もモンタージュとかで半分ソレに近いことをやってる(作品と観客の意志の方向性に作者の意図が多分に含まれてはいますが). そう考えると, 映像ってのは時間軸も含めたコラージュなのかと思っちゃったんだから仕様がない. (こんな事を考えたのは, 最近「ねこぢる草」を見返したら, 全然解釈が異なってて「観る側の色々なモンを引き出してるなぁ」って感じた所為. 多分.,,)

時間を2次元的な思考に落とせたことで, なんとなしに音楽のアプローチってのも検討がついてきました. これを元に色々発展させた妄想があるので, 形になったら書くかなぁ.,, 文献をあされば当り前のように書いてるんでしょうけど, それじゃ詰まんないから, 個人的な経験として発見に喜んでる方が楽しいです.

それは別として, 思考は視覚に頼らずにできないもんなんでしょうかねぇ.,,

2007.04.15 | | Comments(15) | Trackback(0) | 思考錯誤

コメント

>思考は視覚に頼らず
鍛えたらできるけど、鍛えた視覚思考に勝てるわけも無く、、、
視覚を使わないと時間軸の逆行が難しくなる(なりすぎる)から起承転結つけづらい

>立体
イデアを想像させる立体ってことでしょ?
不確定な物は不確定な物でしかないので、示せるわけも無く
だから、確定した物で不確定を想像させる試みが最先端なんじゃない?

精神を精神のままほじくり出せば良いよ。最高に気持ちいいから。

2007-04-16 月 21:49:34 | URL | KAFUKA #eqP7eH0Y [ 編集]

>イデアを想像させる立体ってことでしょ?
逆と思ってた.
イデアを(近似的に)立体にする?
神さまに形をあたえたり, シンボルマークを作ったり, etc.,,
立体はイデアと関連性を持ってなくちゃ駄目だから,
結果的に提示された立体からはイデアを想像する訳やけど.,,
行為を評価するか, 作品を評価するかの違いな気がする.

>不確定な物は不確定な物でしかないので、示せるわけも無く
>確定した物で不確定を想像させる試みが最先端なんじゃない?
下記みたいな例は駄目ですか?
 ライフゲーム
 ロールシャッハテスト
 (未解明を考慮すると)ストレンジアトラクタ、フラクタル
そもそも, "示す"ってのが違うくて, "発生"させる?
不確定を示さず, 発生させる. 意図が希薄.
自分はその行為は古いと思ってる.

ついでに不確定から確定したものを想像させる分野で詐欺ってのがある.
この先, 詐欺が芸術として評価されたりするかもと思ってる.

2007-04-18 水 20:36:34 | URL | 元 #wbvlsWA2 [ 編集]

ついでに. 思い出したから.

>精神を精神のままほじくり出せば良いよ。最高に気持ちいいから。
「DRAMATIC IRONY」で"眼識", "耳識", "鼻識", "舌識", "触識", "意識"の"六識"ていう五感と意識の等価的な設定があります(たしか.,,).

(元ネタとか知らんから)読んだ当時は衝撃でした. そこから,思考は物理的に五感の運動と大差ないので, 思考の快感も有りと考え至りました. 最近やっと"ストレス"とか"知恵熱"と"かひらめき"を味わえるようになりまたとさ.

2007-04-18 水 21:30:06 | URL | 元 #wbvlsWA2 [ 編集]

>逆と思ってた
いや、そこは逆も真なりでしょ?式が成立してると思うYo

>ついでに不確定から確定したものを想像させる分野
多分、オレと「不確定」の定義が違う。
オレにとって「不確定」ってのは人間の感覚に落とせない(言語にできない)
ドロドロしたものやわ。認知できた時点で「確定」する。
いつも思うことやけどたぶんオレら会話できんわ(笑)

2007-04-18 水 23:36:47 | URL | KAFUKA #eqP7eH0Y [ 編集]

>確定した物で不確定を想像させる試みが最先端なんじゃない?
>オレにとって「不確定」ってのは人間の感覚に落とせない(言語にできない)
>ドロドロしたものやわ。認知できた時点で「確定」する。
コレをふまえて質問.
言語にできないものをどう一般的に評価し記録するのですか?
自分は次のように考えています.
 1. 試み(自体)を評価するには結果が必要.
 2.a. 結果が出る=言語にできている=試み(自体)が失敗している.
 2.b. 言語にできない=結果が出ない=試み(自体)を評価できない.

科学やと反証の可不可で科学かどうかを問えるけど, 芸術ってそういうのないんですか?
芸術って言えば芸術? 人工物であれば何でもOK? ってかそもそも評価って必要?

ってな感じで分野の再構築も考慮にいれて,
詐欺が芸術の最先端と思ってます.

2007-04-19 木 00:04:04 | URL | 元 #wbvlsWA2 [ 編集]

了解了解、科学と芸術は全然違います。
君の言ってることは哲学であって、芸術と何の関係もないです。

>芸術ってそういうのないんですか?
無いです。やってもいいけど、やっても学術的意味しか認められません。

>芸術って言えば芸術?
ほぼ間違いないです。

>人工物であれば何でもOK?
人工物でなくてもいいです。自然はそのままで芸術(切り取らなくてよい)ですし、
他者の精神的現象(外界から全く観測できない)を芸術とすることもあります。

>ってかそもそも評価って必要?
不必要です。

芸術はもっと、、、そう「バクハツ」みたいなもんです(苦笑)

2007-04-19 木 00:55:07 | URL | KAFUKA #eqP7eH0Y [ 編集]

ちなみに「君の言ってる」ことは芸術的です。
いつもそう思います。だから話していて楽しいです。

2007-04-19 木 01:03:18 | URL | KAFUKA #eqP7eH0Y [ 編集]

何を基準に最先端と位置づけしているのか疑問です.
類をみない=最先端って阿呆な話ではないと思ってる.
>>芸術って言えば芸術?
>ほぼ間違いないです。
↑って自己崩壊の矛盾を内包してるので有り得ないとも.,,

最先端って位置づけをされるってことは意味があるってことです. 位置づけをされるってことは, 既存の体系が存在していて互いに比較が可能です. 単純に類似性などを比較するだけで体系は構築できますが, 最先端ってのは比較行為だけでは存在しません. 比較とは別の観点において体系に組します. 意味や評価が必要と自分は考えています.

>>芸術って言えば芸術?
>ほぼ間違いないです。
↑を借用すると科学も哲学も学術も芸術とすることが可能です.
自分は, 芸術は新しい考え方, 価値観, 観念を提示する分野と思ってました.

>芸術はもっと、、、そう「バクハツ」みたいなもんです(苦笑)
>ちなみに「君の言ってる」ことは芸術的です。
>>ってかそもそも評価って必要?
>不必要です。
"的"ってのが少し残念やけど, 素敵な例えをありがとう.
俺も, 一般知識と個人の感覚を混ぜたり分けたりして思考できる君との話は楽しいです.

2007-04-19 木 21:23:56 | URL | 元 #wbvlsWA2 [ 編集]

>科学も哲学も学術も芸術とすることが可能です.
その通りです。でもそれは芸術という根底があって、
それを表現するために科学や哲学が使われる場合に限ります。

>類をみない=最先端って阿呆な話ではないと思ってる.
流行ってる=最先端です。
学術的見地からの芸術の分類をすると色々見えてきますが、
基本、全員好き勝手してるだけなので全員最先端とも、、、
「次の展開はこう」みたいな流れがブチブチ切れて流行がやってくるのが芸術なので、
分類しても何故最先端だったのかは後付けの理由でしかないですね。
まあ「みんな飽きたから」でしょう。大概ガラッと方向転換することが多いので。

>芸術は新しい考え方, 価値観, 観念を提示する分野
これはその通りです。
哲学と違うのは、体系だっていなくても、証明できなくても、
自分しかわからなくてもOKってことです。
だから「学」じゃなく「術」なのです。

2007-04-19 木 22:53:05 | URL | KAFUKA #eqP7eH0Y [ 編集]

>それを表現するために科学や哲学が使われる場合に限ります。
近年、メディアの発達で後付けの理由から芸術でない物が芸術化される動きがあります。
作った本人が芸術として作成していないのですから、
写真と同じように「切り取ってきた」人が芸術家になると思うのですが、
現実的にはそうはなってないですね。
物自体は、誰かが「芸術だ」と思ったら芸術になりますが。

2007-04-19 木 23:12:19 | URL | KAFUKA #eqP7eH0Y [ 編集]

あーつまり、「後付けの根底であっても良い」ということです。
そんなんありかいと思うかもしれませんが、感じたもん勝ちの世界です。
汚いことを言うと後は金次第です。

2007-04-19 木 23:14:45 | URL | KAFUKA #eqP7eH0Y [ 編集]

俺の結論

>芸術という根底
>感じたもん勝ちの世界
人間への出力があるもの全部. 言いかえると有象無象な森羅万象. そん中で人間がキャッチできたもの. キャッチ全体を芸術と呼んでいて, 限定的に切り取ったのが各分野になる.

とにかく全部芸術.
科学も哲学も学術もそれ自体が芸術.

ついでに,

>近年、メディアの発達で後付けの理由から芸術でない物が芸術化される動きがあります。
物は自然現象で, 行為も自然現象.
"何かを批判するだけのセンス"も自然現象.
何であっても芸術に内包される.
人間の物理的構造の制約上, 否定すると思考に矛盾が生じる.

>汚いことを言うと後は金次第です。
汚いのも芸術に内包されます.

2007-04-21 土 00:00:26 | URL | 元 #wbvlsWA2 [ 編集]

>とにかく全部芸術
いや、それは違う。観測されるまでは芸術じゃない。
観測されて無い無限の芸術は芸術とは呼ばない。
誰かが観測した時、初めて芸術になる。

2007-04-21 土 01:12:23 | URL | KAFUKA #eqP7eH0Y [ 編集]

>>とにかく全部芸術
>いや、それは違う。観測されるまでは芸術じゃない。
言葉が足りませんでした.
人間を主体とした主観的な全部.
観測されていないものは人間の世界に存在しません.
厳密な物理的な話とは異なります.
その先は"ナンセンス"ってヤツになるんですかね?

>観測されて無い無限の芸術は芸術とは呼ばない。
"観測されていない無限の芸術"という括りで言えば芸術です.
具体例はまた別の話.
可能性, 仮定, 推測, 想定外は情報として存在しています.
脳内で反復可能であれば観測できます.

観測って言葉は微妙に違います.,,

2007-04-21 土 14:32:07 | URL | 元 #wbvlsWA2 [ 編集]

>"観測されていない無限の芸術"という括りで言えば芸術
もちろんその通りです。
これ以上は言語を介すると間違って伝わるので(すでにニュアンスが食い違っているので)、
実際に会ったときに話しましょう。

2007-04-21 土 16:20:47 | URL | KAFUKA #eqP7eH0Y [ 編集]

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