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情報の新陳代謝

情報が物理的に空間を占めるとか, 人格の形成の限界は人間社会全体の自己防衛とか, アーダコーダ考えた記録.

風呂入って, 汗や垢を洗い流した後に, 散らかった部屋を見ると思う. これってやっぱり老廃物.
身体の場合は機能を失った物が排泄されるんだけど, 情報媒介の場合は観測する側の評価が変わるだけ. 身体の領域をどこまでと捉えるかによっては身体と同等の機能を持つ. 自分の考え方では情報的な部分まで含めると部屋も身体. もしくは身体の延長.
摂取された食物は栄養を吸収されて排泄されるのが身体の常. 情報も物理的に部屋に摂取されて理解や感性の吸収を経て物理的に排泄される.
ってのをコンスタントにスムーズにおこないたいと常々思う. 物に執着するのは何も吸収できてない証拠?

人間の身体的な寿命とテロメアの関係は変異を抑えるためだとかなんとか. すると脳も物理的な情報の拡張が制限されている訳で, このため人格の形成が一定の進度を越えると遅くなるのだろうか? これは身体が安定かつ緩やかに進化する様に, 情報も安定かつ緩やかに進化する様に設計されているためと考えられる? すると情報の飛躍は社会から爪弾きにされるだけの行為? わざわざ情報の癌を作ってることになる.
ある程度は物理的に制限されているから安全やけど, 情報の飛躍は欲しいなぁ.,,

と, アーダコーダ考えた後に読書と食事のアナロジーを少しは吸収できていることに気付いた.

2006.11.13 | | Comments(0) | Trackback(0) | 思考錯誤

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