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Non有機

20060129_02.jpg季節をまたいで冬を謳歌するトンボ. 昆虫採集はグロテスク過ぎて生理的に受け付けなかった. 標本の為に防腐剤を注射した事も無い. でも, このトンボを見る限り, 自然に干涸びた昆虫の方が綺麗に感じる. 干涸びた昆虫の標本ならストックしても良いかも.

昔は干涸びた昆虫でも駄目やった. けど, 今なら大丈夫. この感覚の変化はアイデンティティーの確立によるものかも. 棺桶に入った遺体は理屈抜きの圧力がある. けど, 火葬した後の遺骨には特に何も感じなかった(事も無い). 人間は肉体という関連をもって自己と同一と認識してるのだろうか? 結果, 肉体(の性質)の取り除かれた白骨は, 自己とは完全に分離した存在と考えるのかも. (どこまでを肉体と判断するのかも問題)

このアイデンティティーを中心とした, 自己と他と言う考え方は直に有機無機という名称に影響を与えている. 高校生時分に化学で有機と無機を習った時に, その名称に納得できなかった. 名称が性質に由来するものでない. 名が体を表していない. ただ, 人間本意に有機を中心に物事, 体系を捉えてその他を無機としたように感じた. ちょっと違うが電子にも似た様な傾向がある. 歴史上で築かれているもんなんて大概は適当である.

そんで思ったのだけど, AIが発展して機械生命体が出来たとする. その場合, "機械生命体にとっての有機"は"人間にとっての無機"になるのだろうか?

名称や体系なんてそんなモンで, 結局は自分が納得できる解釈を見つけるしかない. とか考えたであろう記録.

2006.03.04 | | Comments(1) | Trackback(0) | 思考錯誤

コメント

人間が「機械生命体」と定義する=有機では?
口ではきっと「無機」と言い続けるだろうけど,
心の扱いでは完全に「有機」だと思う.
まあ,人間と正常なコミュニケーションが成り立つ存在ならだけど.

2006-03-05 日 18:14:53 | URL | KAFUKA #- [ 編集]

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