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物質と観念の時間に対する変化

思考とか感性ってのは個人の為にしか存在しないから劣化していく様子を感じ取りにくい. 劣化ってより次の土台になる感じ. その点では物質より観念のほうが素晴らしい気がする.

観念を物質に写し取った物ってのが昔からあって, それが文字で書物. でも書物ってのは紙って媒介が変化したり, 書物と人との間に他の存在が介入したりして純粋な観念ではない.

近年, 観念の色を強めた存在がソフト等の情報商品. これは書物と違って目的が明確にありそれ以外の存在を許されてない. 余分な物が無く, 劣化もしない点は素晴らしいんだけど, 時間とともに変化できない為, 存在価値がゼロになる. まさに情報.

それを考えると観念の具現化ってのは如何なるアプローチを取るべきかって事に辿り着く.
物体ってのは大概, 初めに完成系があって, そこから劣化していく. 観念を具現化した人はこれも大概初めの完成系を理想としてる. だから劣化してく事はアンチクショウ.

物体は劣化する事によって完成系とは異なる側面が発生する. 悪い例え, 希少価値. 良い例え, 味. これは純粋な観念には無い性質(思想は時代によって色が変わる).
これは物体を受ける側の人は良く理解してる. 色の落ちたジーパンが格好良かったり, 愛着がわいたり等. 物体ってのは空間に存在し続ける事で独立した存在になる訳.

だから, 観念を具現化する時には物体に観念を押し込めて, ゆとりを持たせて独り立ちさせる位の気持ちで取り掛からないといけないとか思う訳. でもそれじゃ観念を一時的に具現化しただけで.,,
子供を育てるのと同じか. 親って存在を子供に押し込めて次の世代に繋いでく訳やし.

でも嫌やなぁ, 納得いかん. なんか日本的な感覚と西洋的な論理思考がごっちゃになってる.,, 絶対的と流動的のバランスみたいなナンタラが.,,

前と同じ事考えてる.,, 進歩無い. まぁ, 必要も無いのにわざわざ具現化しなきゃ良い訳なんだけど.,, 不遜な心持ちではいけません.

2005.12.15 | | Comments(0) | Trackback(0) | 思考錯誤

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